仮想と現実を繋ぐデザイン
京都大学 精密工学専攻 椹木 哲夫 
 機械や工具と、それを使用する(または設計する)人間との間に見られる最近の話題や見方について講演された。
 熟練シェフがステーキを焼く方法を例に、玄人(熟練者)と素人の作業の質の差について述べられた。玄人は鉄板上のステーキを時間的空間的な分布として捉え、進行中の作業のモニタリング(焼け具合)や環境変動(注文される個別の焼き加減や注文のタイミング)に対する柔軟さを維持するために、人間が道具や作業環境を主体的に使用する関係にあることが示された。この関係から人間と機械が仕事を分け合う関係は、設計者が事前に固定化できるものでなく、利用者の実践のフェーズを経て初めて完成されるものであること、そしてそのためには機械が人間にとって対等なパートナーになりうるようなデザイン原理が必須になる。現状での技術主導の自動化システム設計は人間排除の危惧さえ見られ、このことが様々な技術の負の効用の側面を産み出し始めている。航空機の操縦を例に挙げられて、グラスコックピット(CRTで構成されるコックピット)などの自動化による状況認識(何かが起こっていることに気づくこと、その原因を同定できること、これからの事態の推移が予測できること)の喪失が現実に発生している。また、JCOの事故の例を用いて、C-SHELモデルを説明された。C-SHELモデルとは、作業者(Liveware)を取り巻くものとして機械(Hardware)、作業手順書(Software)、環境(Environment)、他の管理者(Liveware)および、これをまとめる組織管理(Management)をモデル化したものである。
これらのSHELの1つ1つが失われた結果、事故が発生したわけだが、ヒューマンエラーの問題はいまや属人的なものよりも組織や環境のデザインの観点からの見直しが急がれている。
 以上のような状況認識を喪失させないために、仮想であるにも関わらず現実感を産み出せるためのデザイン原理が模索されている。そこでは従来のような完成されたモノのデザインのみならずユーザとの「関係性」を柔軟に創りだせる工夫が必須となり、そこで鍵になるのが、存在感、当事者感覚、直感的メディア(音声入力など)を持つ人工物が注目されている。(たとえばアイボ)これは、「ユーザーとともに行うデザイン」(技術の足りないところを補う様なデザイン、ユーザーが関わっていると実感するデザイン)である。
欧州では人間中心の思想的流れからユーザー参加型のデザインの歴史は古く、米国ではマーケティング戦略としてのユーザビリティが真剣に考慮されてきている。ISO13407では、対話的製品のデザインとして、そのプロセスにおける人間中心的な考え方が重視されているが日本のメーカではいまだその余裕がないのが現状。
 ユーザーが参加するデザインを造るためには、人の仮想的な判断と現実的な環境の予測を一致させる手がかりが必要となり、これを概念化した「ブラウンズウィックのレンズモデル」が説明された。利用できる手がかりからさらに手がかりを探りたくなるインタフェースが重要となってくる。

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